【大豊町】ガソリンスタンドの限界に挑む / 猪野孔太さん

2017/09/13

高知でライターと海外旅企画の運営をしている中澤 (35歳)です。

この度は、ONEれいほくのページで、れいほく地域に住む若気を取材し、そのインタビューを載せていく「若気インタビュー」のライターを努めさせていただいています。

そんな第四弾は、青年海外協力隊で南アフリカへ行き、Uターンし高知県大豊町に戻り、これから新たな挑戦をしていこうと考えている猪野さんの紹介記事です。どうぞご覧ください!

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大豊町生まれ大豊町在住の猪野孔太さん(31歳)は、いままでにない新しい形のガソリンスタンドの事業を計画しています。

 

実は、限界集落という言葉が生まれたのは、四国山地に位置するここ大豊町です。

いまこの町で必要とされてい事業を考えている猪野さんに、お話を聞かせてもらいました。

目次

大豊町で生まれ育つ

猪野孔太:大豊町の歴史を振り返ってみると、町が制定されたのがいまから約62年前にさかのぼります。

そのときに東豊永村、西豊永村、大杉村、天坪村の四つ村が合併して「大豊村」が発足されました。

そして、いまから45年前に町制が施行されて「大豊町」となりました。

 

大豊町は、嶺北4町村の中で唯一電車のアクセスが良い町で、7つのJRの駅があります。

なので、僕が学生の頃から高校は市内まで電車で通学するのが普通でした。

(美空ひばりゆかりの地でもある日本一の大杉の最寄の駅・大豊町大杉駅)

 

ただ、近年の人口を見ると大豊町の人口3700人中、65歳以上の比率が50%を超えてしまい、いわゆる限界自治体と呼ばれています。

僕が学生の頃、10校以上あった学校も、いまでは数校だけになってしまいました。

そんな少子高齢化の中でも、僕の考えている事業が必要になると思っています。

電気技師から青年海外協力隊へ

僕は小さな頃から大きな夢を描いていました。

それは、宇宙都市の開発の仕事にたずさわることです。

その足がかりをつくるために、高知市内の工業高校を卒業後、一度高知を離れて愛知のトヨタ系の会社に勤めました。

 

会社では学園生という制度(会社の基礎を学ぶプログラム)を使って、1年間、電気配線や基盤の組み立て・旋盤工具・溶接などの勉強をしました。

そこで、技能五輪全国大会という技術のオリンピック(青年技能者の技能レベルの日本一を競う技能競技大会)に会社代表の選手として出場させてもらいました。

23歳以下の若者だけが参加できる技能五輪全国大会)

 

出るからには、電子機器組み立てなどをみっちり勉強をして、金メダルを取りたい!と意気込んでいたのですが、結果は届きませんでした。

そこで大きな挫折を味わったときに、ひとつ感じたことがあります。

それは、技術は放っておいても進歩していくものということでした。

その流れの中にかならずしも自分が入る必要はない、それを分かってからボランティア活動に目が向くようになりました。

 

老人ホームでの話し相手や、悩みを持つ人へのカウンセリング、地域の川や水路のゴミ掃除や改善の手助けなど、いろんなボランティアをやっていくうちに、会社の中では見えなかった世の中のいろんな問題を発見することできました。

次第に、日本の問題以外に世界の問題に目が向きはじめました。

 

そこから、青年海外協力隊(JICA)に応募をして、南アフリカに赴任することになりました。

現地の職業訓練校の学生に電気の実習を教える仕事だったのですが、はじめはこんな若造に何ができるんだ?という目線で、生徒からなめられたりすることもありました。

でも、彼らには直せない部品を直したり、組み立てをやっていくうちに、徐々に信用されて彼らの見る目が変わってきました。

(青年海外協力隊員として南アフリカで電子機器組み立てや電気の配電を指導していた様子)

 

南アフリカは慢性的に技術者不足で、その育成に悩んでいる背景がありました。

現地でも、技術があれば食べていけるんです。

でも、それを学ぶ場所である学校の授業が面白くなかったらついてきてくれないので、工作教室に学びにきている感覚で授業を進めました。

すると、徐々にみんなが真剣に取り組むようになってくれたのです。

そうしていくうちに、仕事もたくさん任されるようになって、いろんな刺激と障害に満ちた2年間となりました。

いままでにないガソリンスタンドを

そうして、また地元の大豊町に戻ってきました。

海外で見てきたことの一つに、英語圏の観光のレベルは高いと感じました。

同時に、日本の観光レベルはまだまだ伸ばせる部分があると感じたので、観光のインフォメーションの仕事に就きたいと思って、地域の道の駅のスタッフになりました。

僕が入ってから冷蔵庫のショーケースを加えたり 照明を新しくしたり、トイレの改装をしたりと、他の従業員と一緒に改善をはかりました。

(大豊インターから5分の位置にある道の駅大杉でソフトクリームを入れる猪野さん)

 

そこで働いていくうちに、新たなニーズを感じはじめました。

この地域は、ガソリンスタンドが少ないことから、日曜日に給油難民になる人が出てきます。

プラス、高速道路に入る前にガソリンスタンドがないので、道の駅まで「ガソリンスタンドはどこですか?」と聞きにくる人も大勢いました。

そこで、道の駅とガソリンスタンドを一緒に組み合わせて、野菜の直売所やコンビニも一緒にあるような、人が集まる融合型のガソリンスタンドをひらこうと考えています。

いわば、高速道路ではなく下道のサービスエリアような形です。

南アフリカでそういう事例をいくつも見てきたので、ここ大豊町でもそれを実現したいんです。

 

これからは限界集落でも小さなニーズを拾ってビジネスにしていくべきだと思っています。

例えば、オープンするまでの一つ事業として、給油難民に対して携行缶でガソリンを入れるサービスも考えています。

(山間の中にきれいな棚田が広がる大豊町)

 

大豊町は徳島に隣接して、愛媛にも比較的近いので、ここが四国のハブになるような存在になると思います。

限界集落という言葉が生まれたここ大豊町は、少子高齢化の最先端を走っています。そうすると、日本の最先端がここ大豊町になります。

 

大豊町以外の人たちが知らない問題を、ここにいる人たちはすでに経験しているんです。

そこを改善していくことで、一つの循環型社会、または持続可能な社会のモデルを作れると思っています。

そういう問題探しの意味でも、道の駅で働いていたので、これからは「田舎といえば大豊町」という代名詞になるように、海外からの観光客ももてなしていけるように、世界に通用する田舎をつくっていきたいと思います。

 

記事を書いた人

中澤

ライター兼海外旅企画運営。自身のポッドキャスト番組でインタビュー取材をしながら、海外旅企画の引率やプランニングを行なっている

 

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